博多区

大博通りと崇福寺

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大博通りは,片側4車線の,福岡市でもかなり大きな道となります。

祇園,呉服町などを通り,両側には鎌倉から続く歴史的な遺構,遺跡が点在する道で,博多駅から海までのおすすめ散歩コースです。

1587年(天正15年)、戦火で荒廃した博多の町を復興するため豊臣秀吉による区画整理事業「太閤町割」の端緒として、最初に縄張りがなされた一小路(いちしょうじ、転じて市小路)が拡張され現在の大博通りとなった。

Wikipediaより

地下鉄は,博多駅,祇園町,そして呉服町のみっつがあります。博多駅から乗ると,祇園~呉服町まで進み,そこから左に曲がって川端,天神方面に進みます。

今回は,大博通りちょうど中程にある呉服町でバスを降り,そこから約1kmの道を博多駅まで歩いてみました。

撮影した写真についてのお話はこちら↓

大博通りをα7Ⅲで撮る

交差点に設置された友好都市のモニュメント

各交差点に,下のような円柱があります。下の写真には低いものも含めて三つ写っています。

円柱の上には,下のような画像があります。これは,福岡市の姉妹都市です。

中国では,姉妹ではなく友好都市と言っていました。姉妹では,上下関係が生まれるからという理由です。

低い方の石の上にも。

根本には,もやい綱。都市同士の友好的な結びつきを表しているのでしょう。

道沿いに設置された,歴史を紹介する展示物

道に,古地図が設えられている
博多駅前から一定距離ごとに10数個の展示ポイントが有る。
こちらには出土した騎馬人像が展示

以上のような展示ポイントが 博多駅前から点在していますので,これを追っているだけでも博多サンパレス前の道を楽しむことができるでしょう。

最初の展示は,やはりこれ。「金印」です。

西暦57年に漢の光武帝から贈られた印。中国の史書に記された紛れもない国交の印です。

中国の史書に記されたこの地の王が誰であったのか今となってはわかりませんが,確実にこの地に漢の正式な国交の相手として この印を 贈られた王がいたのです。

 

下図のような展示もあります。

下のように,地図もあるので,まわりにどのような博多の見どころがあるか確かめながら歩くことができます。

現在地がはっきりと示されていますので,今の位置がよくわかります。

上の地図は,呉服町からあるきだして博多駅までの中間地点ですね。

左下に大きな緑の区画が見えます。

これからいく,聖福寺です。

栄西禅師開祖の日本初の禅寺 聖福寺

博多駅に向かって歩き,途中で左に入ると日本初の禅寺 聖福寺があります。

聖福寺への小道で

日本初の禅寺ということの由来は,後鳥羽上皇から賜った勅号によるものです。

広田弘毅第32代首相などの菩提所でもあります。

なかは,かなり広いです。

いかにも禅寺っぽいモニュメントです。

栄西禅師は,お茶をもたらした人でもあります。

中には,日本茶発祥の茶の木もあります。

人馴れした猫が迎えてくれます
明かり窓が「禅」感をかもしだしてますね。

寺の塀を内側から見ると,瓦などが練り込んであるのがわかります。

これを「博多練塀(ねりべい)」と言って,昔の瓦などを練り込んで作った独特の塀です。

博多駅から北へ歩き,東長寺を経て少し行くと,右側に聖福寺があるという表示がありますので,ぜひ訪れてください。

かなり広いですので見ごたえがあります。

黒田家の菩提寺 東長寺

大博通りに戻り,博多駅に少し歩くと,左側に大きな塀が見えてきます。

黒田家ゆかりの東長寺です。

福岡大仏でも有名です。

9時から16時45分まで配管できます。50円とありました。

境内には,見ごたえのある六角堂。

このなかには,聖福寺の住職だった,仙崖さんの絵も残されているそうです。

東長寺一番の見どころは,青空に真っ赤に映えるこの五重塔。

奈良か京かと見紛えるほどの絶景が福岡で見られます。

秋に訪れると,青空との絶妙な配色が見られますよ。

 

東長寺は,黒田家2代3代,そして8代の当主の菩提寺でもあります。

はい。約1kmの道をぶらぶら歩いて,終点の博多駅に到着しました。

今回は,途中の呉服町から歩いてきましたが,全長2kmに満たないとおりですので,途中で古の博多の街を忍びながら,ぜひ博多サンパレスまでの道を歩いてみてください。

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